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ほりしんのブログ

お酒が大好きな筋トレ野郎が気ままにブログを更新。映画のレビューをよく書くよ!

エナメルバックが象徴していたもの

ほりしん

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今日ふと自分が座っていたカフェの隣席に自分が通っていた高校の中等部らしき学生が座ってきた。その子は野球部らしいエナメルバックを持っていたので野球部だろう。僕の高校の野球部エナメルバックでは割と有名で神奈川の高校野球ファンならすぐにわかるくらい特徴的な色のエナメルバックだ。

しかし、そのエナメルバックを見て、なんだかもやもやした気持ちがしてしまった。

 

ちなみに僕は野球部ではないが野球部のやつらとは割と仲が良かった。そして高校時代、怪我で何もできなかった僕の憧れでもあった。僕の中の高校時代の日常は野球部の奴らが授業が終わって走ってグラウンドにかけていく姿を羨ましげに眺めることだった。

エナメルバックが象徴していたもの

僕が通っていた高校の野球部は、はっきり言って超スパルタだった。先輩からの理不尽の毎日。野球部ではない自分も萎縮してしまうくらい怖い先輩たちだった。(だからこそ球技大会では積年の恨みとばかりに先輩をボコボコにしようと頑張った

今でも覚えているのは休み時間、野球部の奴らが先輩から呼び出されて空き教室に連れて行かれ、何故か大声で「オーッス!!」と叫ばされ、ときには馬鹿にされ、ときには思いっきり怒鳴られたりしていた。おそらく変なこと言わせて楽しんだり、理不尽なことを言って困らせていたのだろう。他の野球部以外のやつは自分の教室で何が行われているのか想像しながら、ビクビクしていたものである。

 

しかし、これは最初の通過儀礼みたいなものだ。野球部に入り、先輩の理不尽やめちゃくちゃしんどい練習に耐える。これが野球部の新入生に与えられた試練のようなものだった。そして、それに耐えたものだけがもらえるものがエナメルバックである。そして、エナメルバックを手にしたもの同士の特別なつながりもあったと思う。そんな風に僕は見ていた。

エナメルバックを手にした野球部の友人は本当に嬉しそうにしていたし、何より入学式のときと比べてかっこよかった。先輩も「こいつは根性ある後輩だ」と認めていたと思うし、現にそれ以降先輩との関係も良好になっていた気がする。(しかし、恐ろしい先輩はそれでもやっぱり怖かった)

 

象徴がチープなものに

野球部のエナメルバックは僕にとってすごいかっこいい憧れの対象だった。これを手にする奴はすごかったし、当時僕にはないものをもっているやつらだった。

それを中学生が(高校生の練習量と比べ)簡単に手にしてしまっているのがなんだかとても残念なような、寂しいような感じがした。エナメルバックは今の彼らにとってはただのバッグだろう。僕の時と比べるとだいぶチープなものになったに違いない。

寂しいと思うのはきっとあれだ。インターネットの発達でレコード盤がなくなったことを悲しむおじさんのような感覚と少し似ている。

 

自分より年が7つくらい下の中学生をみて、時の流れを感じた休日だった。

 

おやすみなさい。

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